哲学を身に纏う

世界初の女性銀細工師として知られるヴィヴィアンナ・トールン。伝統的なデザインの規範と女性らしさの表現に注力した彼女が作る作品群は、次世代のデザイナーたちの道を切り拓きました。

今回はヴィヴィアンナの代表作であり、自身の名を冠した腕時計、ヴィヴィアンナウォッチを紹介します。

ヴィヴィアンナウォッチは、彼女とジョージジェンセンのコラボレーション作品として1969年に発売されました。腕時計といえば金属やレザーで手首に巻き付ける、昔ながらのスタイルが通常ですが、彼女は自身の哲学をデザインへと昇華させ、初の本格的なバングルウォッチとして1962年に発表しました。

ジョージジェンセンは銀製品や食器を中心に扱っているコペンハーゲン発のメーカーで、デンマーク王室とスウェーデン王室御用達ブランドとして知られています。特にデンマークの工芸史は、ジョージ・ジェンセンの歴史そのものであると言われるほど、デンマークの工芸を象徴するブランドです。

出典:ジョージジェンセン

公式サイトにはヴィヴィアンナ本人の言葉として、次のように記されています。

時計は当時、時間を測るものに過ぎませんでした。しかし私は人は時間に支配されるべきではないと思い、そういう概念を覆したかったのです。時計は、人を時間で縛り付けるのではなく、人を時間から解放するものであるべきと考えたのです。

この視点で時計のデザインを見てみると面白い発見がたくさんあります。

バングルのデザインは文字通り「時間に縛られない」という意思を示している。

秒針がなく、またインデックス(目盛)がやロゴが文字盤にないことで、大まかにしか時間を把握できませんが、これによって時間からの解放という言葉の象徴性・アート性を高めています。

さらに文字盤が鏡面仕上げとなっていることで、時間を確認した際に自身の姿が時計に映る仕掛けも。すなわち、未来の予定や時間を気にして時計を見るあなたに対して、過去でも未来でもない「今が一番大切なのだ」と立ち止まる時間を与えてくれる。まさに時間をアートとして表現した唯一無二の腕時計だといえるでしょう。

今回の時計の個体は、1967年頃の製作とされるショパール製のL.U.C.手巻きムーブメント(機械)を搭載したファーストモデルにあたります。時を刻む機構が電池式ではなくゼンマイ仕掛けで、竜頭を巻き上げることで時計の針と歯車を動かす仕組みになっているのが特徴です。

ショパール社は高級時計メーカーとして1860年から現存する格式高いブランドで、中でも L.U.C.ムーブメントは近年復活を遂げ、現代の機械式時計ファンに熱狂的に受け入れられています。こうした機械を用いていたことから高級機として設計されていたことがうかがえます。

当時、何らかの都合で早期にクォーツムーブメント(電池式)に切り替えられましたが、現在も制作と販売が続けられて、新品を手に入れることが可能です。

竜頭には誇らしくL.U.C.と刻まれている

ヴィヴィアンナの哲学を長く残していきたいと考えると、基盤が壊れたら動かなくなってしまうクォーツ式ではなく、オーバーホールと調整で永続性を担保できる機械式ムーブメントを復活させてほしいと願っています。

なお本機のようなヴィンテージのヴィヴィアンナであっても、メンテナンスやオーバーホールをジョージジェンセン正規店で受け付けてくれます。実際に過去に2回オーバーホール(分解清掃)を行なっていただいています。販売から50年以上が経った製品であってもサービスを継続してくれているのは心強いです。

デザインだけをみると単なるファッションウォッチのように見えるかもしれません。少なくとも道ですれ違った人にはそう思われることでしょう。しかし、時間をアートで表現しようと試みた革新的で哲学的な味わい深い作品を身に纏い、密かなメッセージ性を楽しむことは、とても素敵で豊かなことだと考えます。