国立西洋美術館

美術館における鑑賞体験は作品のある展示室だけではない。美術館建築から芸術をとりまく環境は始まっている。今回は国立西洋美術館を訪ねる。

国立西洋美術館は、戦後日本における文化復興と建築の発展を象徴する存在だ。その設立は、フランス政府によって敵国資産として差し押さえられていた松方コレクション(川崎造船所初代社長・松方幸次郎が20世紀初頭にヨーロッパで収集した西洋美術作品群)の返還を受けたことがきっかけ。これは、日本における戦後の文化復興を象徴する出来事であり、同時に日本建築界の出発点の一つともなった重要なプロジェクトだった。

設計を依頼されたのは、言わずと知れた近代建築の巨匠ル・コルビュジエ。実施設計と現場監理には、彼の弟子であり、アトリエで研鑽を積んだ日本建築界を代表する建築家である前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の三名が協力し、1959年に竣工した。本館はル・コルビュジエが日本国内で手がけた唯一の建築作品であり、その思想と理念が忠実に反映されている。

初期全体計画案スケッチ

ル・コルビュジエの当初の構想は、美術館本体に加え、講堂・図書館などの付属棟、さらには劇場ホールを含む大規模な複合施設であった。しかし、財政的制約から実現したのは本館のみ。その後、劇場ホールの構想は前川國男の設計により「東京文化会館」として具現化され、美術館の向かいに建設された。

1979年には前川國男の設計による新館が増築され、1997年には前庭地下に企画展示館を整備。1998年には、地盤から構造体を絶縁することで文化財建築の耐震性向上を図った、日本で初めての本格的な免震レトロフィット工事が本館に施され、地震対策の先駆的事例となった。

このような建築的・文化的価値が評価され、2007年には国の重要文化財に指定された。さらに2016年には、「ル・コルビュジエの建築作品群──近代建築運動への顕著な貢献」として、7か国17資産の一つとしてユネスコ世界文化遺産に登録され、国立西洋美術館は、建築・美術・文化遺産の交差点として、今なお国内外から高い評価を受け続けている。

ル・コルビュジエ(1887–1965)はスイス生まれ、フランス・パリを拠点に活躍した20世紀を代表する建築家で、合理性と機能性を追求した近代建築の先駆者として世界中に数多くの名作を残した。個人住宅から都市計画、絵画、彫刻、家具デザインに至るまで多岐にわたる創作活動を展開し、その思想は建築分野を超えて広く影響を与えた。

日本で唯一の実作である国立西洋美術館は、彼の建築思想がアジアにおいても深く受け入れられた象徴的存在であり、特に彼の弟子たちを通じて、日本の近代建築に強い影響を与え続けている。

国立西洋美術館は、ル・コルビュジエが構想した「無限成長美術館(Musée à croissance illimitée)」の理念を実装した数少ない建築でもある。この構想は、美術館が巻貝状の平面をもち、中心から外側へと渦巻き状に展示空間を拡張できるというものであり、収蔵品の増加や展示機能の拡張に柔軟に対応できる建築的モデルである。

このアイディアが実際に適用されたのは、インドにある2つの美術館と国立西洋美術館の3館のみであるが、その中でも、国立西洋美術館はこの思想を最も忠実かつ明快に体現した世界に例のない建築として国際的にも高く評価されている。

本館から中庭を望む。

新館から中庭を望む。

本館の平面は正方形で構成され、各辺に7本ずつ、計28本のコンクリート打放しの円柱が規則的に配置されている。これにより、1階には視覚的にも構造的にも開放的なピロティ空間が確保されている。

1階から2階へは、彫刻作品を鑑賞しながらスロープ(斜路)を用いて上がる動線が採用されており、これはル・コルビュジエが提唱した「建築的プロムナード」の考えを明確に表したものである。

2階部分は、中央の吹き抜けホールを取り囲む回遊式展示室で構成されている。自然光の導入を意図して展示室の外周にハイサイドライトが設けられ、中心部の天井高をあえて抑えることで、空間に高低差と光のリズムが生まれている。

ロダンとの繋がり

日本において《考える人》や《地獄の門》で知られるオーギュスト・ロダン。パリのアトリエで鋳型に魂を刻み続けた彼の作品群が本館に多数所蔵されている。その背景には、本美術館の所蔵の中心をなす松方コレクションの存在がある。つまり松方氏はロダン生前に関係者を通じて、《地獄の門》をはじめ、《考える人》《カレーの市民》など、ロダンの名作のオリジナルをコレクションする機会を得ていたのだ。もちろん原型はフランスに保存されているが、現存するロダン作品の中でも非常に質の高い、由緒ある鋳造作品として評価されている。

ここでは所蔵作品の一部を紹介する。

オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》
オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》
オーギュスト・ロダン《カレーの市民》
オーギュスト・ロダン《青銅時代》
オーギュスト・ロダン《バルザック(習作)》
オーギュスト・ロダン《瞑想》
オーギュスト・ロダン《説教する洗礼者ヨハネ》
オーギュスト・ロダン《アダム》+《地獄の門》+《エヴァ》
オーギュスト・ロダン《地獄の門》
《考える人》で知られる作品は、実は《地獄の門》の作品で一部であることは、あまり知られていない。

国立西洋美術館は、単なる展示空間にとどまらず、建築・芸術・歴史が交錯する稀有な場であることがわかる。ル・コルビュジエの思想と、その精神を受け継いだ日本の建築家たちの協働が形づくったこの空間は、今後も多くの人々に新たな鑑賞体験をもたらし続けるだろう。

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