苦労は力に、悩みは知恵に、悲しみは優しさになる。勇気と忍耐の人に幸福の春は必ず訪れる。
日蓮は、一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし(この世に生きているすべてのものの同一に受ける苦は、ことごとくこれ日蓮一人の苦である。諌暁八幡抄)と言った通り、遠く離れた地にいる一人一人の信徒に対して、民衆の苦悩を自らの苦悩として真剣に向き合い、一緒に悩み、そして折々に励ましを送り続けました。それはまさに言と云うは心の思いを響かして声を顕す(言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである。三世諸仏総勘文教相廃立)を体現した人生だったのでしょう。
当時は移動手段といえば徒歩が基本。日本全国の信徒のもとへ直接訪れることは困難であったことは想像に難くありません。直接会える、会えないという次元ではなく、物質的な距離を越えて、新しい一歩を踏み出す勇気と希望を持てるようにと工夫を凝らした結果が、手紙のやりとりだったのではないでしょうか。
そしてその手紙の内容は、これまで見てきたように表現豊かな例え話や指導が多いので理解が容易なうえ、力強くも優しい言葉であふれていました。相手を思いやる心は、物質的な距離や時間を越え、数多くの信徒が再び顔を上げて歩き出すことができました。そして現代を生きる私たちに対しても、やはり学びや気づきを与えてくれます。700年以上前から普遍的なメッセージを発信し続けていた事実に驚きます。我々も目の前の一人を徹底して励ます姿から学ぶべき点や、生活や仕事に生かすことができるヒントは数多くあるのではないでしょうか。
日蓮の著作の中で最も有名な立正安国論では、このように結論付けられています。汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か(通解:個人の安泰を願うならば、まず社会の安定や世界平和を祈るべきである)。
日蓮は、この人心の乱れの原因は誤った宗教にあると考え、現世をよりよく生きるための宗教として日蓮宗を開きます。他宗の僧らは日蓮から極楽浄土などの教義の誤りについて指摘されると、権力と癒着して今度は日蓮を亡きものにしようと妨害を企て、様々な迫害や事件を引き起こしたのです。同様に信徒に対しても同様に迫害が行われ、多くの死者や被害者が出たほどでした。なぜ日蓮は、自身の考えや布教の方法を変えずに強硬な手段を用い続けたのでしょうか。
佐渡御書には、世間の愚者の思いに云わく「日蓮智者ならば、何ぞ王難に値うや」なんど申す。日蓮兼ねての存知なり。(通解:世間の愚者は「日蓮が智者であるなら、どうして国による迫害に遭うのか」と思っている。しかし、日蓮には前々からわかっていたことである。)と宣言した上でこのように綴っています。
日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を或は上げ或は下て嘲弄せし故に此八種の大難に値るなり、此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり(通解:日蓮が苦難にあっているのはこれらの因果のゆえではない。過去に法華経の行者を軽んじたために、また法華経は月と月とを並べ、星と星をつらね、華山に華山を重ね、玉と玉とをつらねたような尊くすぐれた御経であるが、その法華経をあるいは上げ、あるいは下してあざけりあなどったために、この八種の大難に値っているのである。この八種の難は、尽未来際の間に、一つずつ現れるはずであったのを、日蓮が法華経の敵を強く責めたことによって、今生に一時に集まり起こしたのである。)
鉄は炎い打てば剣となる。賢聖は罵詈して試みるなるべし。我、今度の御勘気は、世間の失一分もなし。ひとえに、先業の重罪を今生に消して、後生の三悪を脱れんずるなるべし。(通解:鉄は鍛え打てば、剣となります。賢人・聖人は罵られて(真価が)試されるのです。私がこのたび受けた処罰には、世間における罪はまったくありません。ひとえに、過去世の悪業を今世で消し、後生の三悪道の苦しみを免れるためのものなのです。)
師子王の如くなる心をもてる者、必ず仏になるべし。例せば日蓮が如し。これおごれるにはあらず。正法を惜しむ心の強盛なるべし(通解:師子王のような心を持つ者が必ず仏になることができる。例えば日蓮のようにである。こういうのは傲った気持ちからではなく、正法が滅することを惜しむ心が強いからである。)
つまり日蓮自身もいまだ過去世からの罪業を消滅させるための修行を行っている最中であり、迫害や罵詈は師子王の心を鍛えるための修行のひとつとして必要なことであるといいます。
日蓮を信ずるやうなりし者どもが、日蓮がかくなれば疑ををこして、法華経をすつるのみならず、かへりて日蓮を教訓して、我賢しと思はん僻人等が、念仏者よりも久しく阿鼻地獄にあらん事、不便(ふびん)とも申す計(ばか)りなし。修羅が、仏は十八界、我は十九界と云ひ、外道が云く、仏は一究竟道、我は九十五究竟道と云いしが如く、日蓮御房は師匠にておはせども余りにこわし。我等はやわらかに法華経を弘むべしと云わんは、螢火が日月をわらひ、蟻塚が華山を下し、井江(せいこう)が河海をあなづり、烏鵲が鸞鳳をわらふなるべし、わらふなるべし。(通解:日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのように大難にあうと、疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分の方が賢いなどと思っている。このような僻人(びゃくにん)等が、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちることは、不便(ふびん)としかいいようがない。修羅は仏は十八界を説くが、自分は十九界を説くといい、外道が仏は一究竟道(くきょうどう)、自分は九十五究竟道といったように、このような僻人等が日蓮御房は師匠ではあるが、あまりにも強すぎる。われわれは柔らかに法華経を弘めようというのは、螢火が日月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や小川が河や海を軽侮し、烏鵲(かささぎ)が鸞鳳(らんほう)を笑うようなものである。)
修行といえども迫害を耐え抜くことは容易ではありません。しかし教えを守り続けたとしても日蓮のような行動がなければ、すなわち師子王の心を持った行動とは言えず、完全な修行にはなりえないと教えたのです。
日蓮は、命限り有り惜む可からず(通解:命には限りがあるので惜しんではならない。富木入道殿御返事)との信念を胸に1人立ち上がり、他宗の僧や信徒はもちろん、時の執権である北条時頼に自らの教義を訴えることで、幸福と平和の実現しようと行動した人物だったのではないでしょうか。しかしそれが裏目に出てしまい、過激な僧侶として知られるようになってしまった。このように結論付けることができると考えます。
大事なことは、現実に何をするかであり、実践がなければ全ては夢物語であり、観念です。具体的な実践にあたっては、各人がそれぞれの立場で考え、行動していくことが大切なのです。一日一日、「きょうもやりきった」「きょうも悔いがない」「きょうも自分に勝った」という行動を重ねることです。毎日「これでよし」と言えるように、一日を短い一生と捉えて精いっぱいの努力を積み重ねることで、大勝利の人生となっていくのです。ささやかでも、弛まぬ挑戦の一日一日が苦難に負けない心をつくる。その歩みが人生の足跡を刻んでいくのです。
結びに、私が最も感銘を受けた一節を紹介します。
人々のために火をともせば、我がまへあきらかなるがごとし(人々のために火を灯し、前を照らせば、自分の前も自然の明るくなっていくようなものである。食物三徳御書)。
人々への真心と激励に徹していくことで、自然と自分の視野や境遇も開かれていく。そんな日蓮の生き方から大いに学びたい。
