今回取り上げる手紙は、弘安3年(1280年)2月、日蓮が59歳の時、身延で執筆し、遠江国(現在の静岡県西部)の信徒である新池左衛門尉に送ったとされています。新池は鎌倉幕府に直接仕える武士であり、病弱な子息がいたとされています。本書は信仰の心得を伝える内容になっています。
新池御書 本文
譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、
それを十一日余り歩をはこびて
今一日に成りて歩をさしをきては
何として都の月をば詠め候べき
現代語訳
たとえば鎌倉から京都へは、歩いて12日の道のりである。
それを11日ほど歩いて、あと一日になって歩くのをやめてしまったならば、
どうして都の月を眺めることができるだろうか。
解説
継続とは単に昨日と同じことをしていればよいという意味ではありません。それでは惰性です。日々新たな決意で自分を鼓舞し、戦いを起こし続けていくことこそが本当の継続なのです。これまでの歩みに満足するのではなく、貫き通す中でゴールが見えてくるのです。ひとたび決めた目標は、簡単に諦めてはなりません。いかに最悪な状況でも、最後の最後まで闘魂を燃え上がらせて、粘りと執念で乗り越えていくことです。
とはいえ、実力以上の無謀ともいえる目標を打ち立てることは避けるべきです。日蓮は一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか(一丈(約3メートル)の高さの堀をこえられない人が、なぜ十丈、二十丈の堀をこえることができるというのか。種種御振舞御書)とも助言しています。小さな挑戦と勝利の積み重ねによってのみ、無理だと思われるような困難に挑む力が育まれ、大きな勝利をつかむ力を養っていけるのです。
悩みは自分を変えるチャンスです。自分自身の力で、いくらでも未来を切り開いていくことができます。理想はどこか遠くにあるのではなく、自分の今いる場所で築き上げていくものなのです。周囲の環境ではありません。すべては自分の決意と行動次第です。
理想の自分になれるうような原因を今から作っていくことが大切なのです。昨日よりも今日、今日よりも明日へという心意気が大切です。
過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ(過去に自分がどのような原因を作ってきたか知りたければ、現在の自分の状態を見なさい。同様に未来の自分がどんな状態になっているかを知ろうとするならば、現在の原因を見なさい。開目抄)。
火をきるに、やすみぬれば火をえず(火を起こすために努力をしていたとしても、途中で休んでしまえば火を起こすことはできません。四条金吾殿御返事)といった言葉の通り、諦めてしまえば、何事も目的を達成することはできません。
