弘安2年(1279年)10月、日蓮が58歳の時、身延で執筆し、信徒一同に与えた手紙とされています。本書は四条金吾が保管するようにと命じています。
聖人御難事 本文
各各師子王の心を取り出して
いかに人をどすともをづる事なかれ
師子王は百獣にをぢず
師子の子 又かくのごとし
現代語訳
各々は師子王(獅子・ライオン)の心を取り出して
どのように人が脅しても、決して恐れることがあってはならない。
師子王は百獣を恐れない。
師子の子もまた同じである。
背景
本書が執筆された弘安2年は、布教活動によって駿河国(現在の静岡県中央部)の熱原郷(富士市厚原一帯)で、信徒が続々と誕生しました。これを熱原一帯の有力寺院であった滝泉寺の僧らが敵視し、同年9月に日秀(日蓮の弟子)が、「農民信徒を集めて稲を刈り取らせて盗んだ」と虚偽の訴えを起こしたのです。無実の農民信徒20人が捕らえられ、事情聴取とは名ばかりの恫喝や拷問、迫害が行われました。
「念仏を称えれば許す」として、日蓮から離れるよう脅迫しましたが、全員が不退転を貫きました。そのため3名が斬首により処刑されてしまうなどの事態となったのです。
日蓮はこの事件を受けて、本書で苦難に立ち向かう覚悟を記しました。
解説
師子王の心とは、すなわち不屈の心です。百獣の王であるライオンと同じく、彼等は野干のほうるなり(彼らは、キツネのような、よく吠える小型の獣が吠えているようなものである。聖人御難事)との気概で何ものにも動じないこと、そしてライオンがひとたび吠えれば百獣が従うように、堂々と戦いに挑む心を、誰しもが持っています。
勇気こそ万事の決定力です。諦めや弱気を打ち破るのは勇気であり、限界に挑むのもまた勇気です。勇気のない人はいません。勇気を出していないだけです。取り出さなければ勇気は発揮することはできません。誰であれ勇気を出すときはドキドキと鼓動が激しくなり恐怖を覚えます。「怖くない」のが勇者なのではなく、震えながらでも「一歩前に出る人」が勇気のある人です。どんな偉業も最初の一歩は小さいものです。しかしその一歩を踏み出す勇気が状況を変えます。一歩の前進をなくして千里の道は到達できません。
人生は己心の魔物との終わりのない闘争の連続です。「もう無理」という諦めや、「これくらいで良いだろう」などの自らの弱い心に挑み続けることで、苦難に負けない力強い心へと変わっていくことができます。月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(月々日々に強めていきなさい。少しでも弛む心があれば、魔がその隙をつけこんで襲ってくるであろう。聖人御難事)です。決意することは容易です。しかし実行しなければ意味はありません。ひとたび決意しても、さまざまな縁にふれて心が揺らいだり、時を経るごとに決意が弱くなってしまうこともあります。これがまさに魔の働きと言えます。だからこそ大切なのは、一日また一日と前進の一歩を踏み出し続けていくことです。「何のため」という原点を忘れず「いよいよこれからだ」と日々新たに決意し、行動を貫き通す人にこそ勝利の女神は微笑みます。
日蓮自身も、師子王の心を取り出して、当時の観念を覆そうと戦いを起こしていたと考えることができます。たとえば男女平等もそのひとつであると言えるでしょう。
仏典では性差別が根強く残っており、女性は成仏できないとする女人五障(女性は生まれながらに5つの障りがある)や、変成男子(男性に生まれ変わることで成仏できる)とするのが当時の常識でした。そのほか日常生活においても当時は女性の立場や権利は、非常に低いものであったことは容易に想像できます。
日蓮はそうした中でも女性に光をあて、当時の多くの女性に勇気と希望を送ったのです。ここではその一部を紹介します。
師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし(師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・畜生などの百獣に恐れることはない。千日尼御前御返事)
男女のすがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず(男女以外には(金・銀・瑠璃などの七宝で飾られた)宝塔はない。もしそうであれば身分の尊さや卑しさ、立場の上下といった差別はない。阿仏房御書。別名:宝塔御書)
この点からも日蓮の卓越性が伺えます。
