今回は、建治3年(1277年)9月、日蓮が56歳の時、身延(現在の山梨県)から鎌倉の四条金吾(四条頼基。1229年~1296年)という信徒に対して送った手紙を取り上げます。
北条氏の一族である江間氏に仕えた武士であった四条金吾はこの年、主君の江間氏から「信仰を捨てなければ所領を没収する。」と迫られる出来事がありました。これは江間氏が「(四条金吾が)武器を持って徒党を組んで、法座(説法の場)を乱した。」という嘘の証言を聞いたことが発端とされています。
しかしほどなく江間氏が疫病に倒れたため、医術の心得があった四条金吾がその治療を行うことになります。主君からの信頼回復の好機である反面、嘘の証言を行った同僚たちからの怨嫉は一層強くなり、四条金吾は命さえ狙われる恐れがありました。
本書は、一連の報告を受けた日蓮が書いた手紙にあたります。
崇峻天皇御返事(別名:三種財宝御書) 本文
蔵の財よりも 身の財すぐれたり
身の財より 心の財第一なり
此の御文を御覧あらんよりは
心の財をつませ給うべし
現代語訳
蔵におさめている財産よりも、自身の身の財産が優れている。
その身の財よりも、心の財が第一なのである。
この手紙を読んだのであれば、心の財を貯めていきなさい。
解説
豪華な暮らしで外見を着飾っていたとしても、身体が不健康でだらしがなかったり、病気を抱えていたのでは、それは幸福と言えるのでしょうか。仮に健康で多くの財産を築いたとしても、心が荒み、汚れてしまっているのであれば、それは真の幸福と言えるのでしょうか。
金や物などの物質的な欲望が満ち足りた状態を求める人は多くいますが、使ってしまえば束の間の不安定で永続性が無い幸福であるとも言えます。だからこそ日蓮は心こそ大切なれ(心が一番大切である。四条金吾殿御返事)と説いたのです。
しかし日蓮は、「心が財」とは書いていません。心の師とはなるとも心を師とせざれ(自分の心に対して師になっても、自分の心を師としてはならない。兄弟抄)とも言っています。志向の変化や感情などによって簡単に心の性質は変化し、悪い心にも、善い心にもなりえる心の姿は不変ではないのです。
心の財は、他の2つの財(蔵の財と身の財)とは決定的に違う点があります。それは心を壊る能わず(心は壊せない。守護国家論)という点です。
日本は今も昔も災害大国です。日蓮が生きた鎌倉時代にも、正嘉地震(1257年10月)が起こっており、マグニチュード7と推定される大災害が発生しました。大小の余震も頻発する中で家財は壊れ、山崩れや地割れに水の噴出、さらには液状化現象まで起きたとされています。日蓮没後には鎌倉大地震(1293年4月。推定M8)も発生しています。
現代においても東日本大震災(東北地方太平洋沖地震。2011年3月。M9)という未曽有の災害が発生しました。そんな過酷な状況から人々を立ち上がらせたものこそ「心の財」だったのではないでしょうか。巨大地震に襲われ、津波にすべてを流され、余震が続く中で不安な避難所生活を続ける中にあっても、心の財だけは壊されなかったのです。
今、再び走り出した東北の人々は、復興を通して真の幸福をつかもうとしています。難来るを以て安楽と意得可きなり(困難が襲ってくることをもって、安楽であると心得るべきである。御義口伝 上)という気概で一つ一つの困難に立ち向かい、前に進み続けたのです。
すなわち心の財とは、どこにいても、また何があっても生きていること自体が幸福であり、人生の試練や苦難さえも楽しみだと思えるほど、外の条件に左右されることのない幸福観を持っていること心の状態ではないでしょうか。いかなる苦難も悠々と乗り越えていくための勇気であり、その原動力になるエンジンなのです。そのエンジンを動かすのは、人生を彩ってくれる豊かな思い出であり、心が繋がった頼りになる友人であり、人間らしい誠実さや感謝の念でしょう。これ以外にもさまざま考えることができそうです。いずれにしても心の財を根本にしてこそ、身の財も蔵の財も、その価値を正しく発揮できるのです。
人は苦難を前にすると、その原因を他人のせいにして悪口をいうことで自身を正当化しようとします。普段は立派なことを言っていたとしても、いざ嵐の中に身をさらすと、相手を憎み、周囲の人を恨んでしまうものです。
四条金吾も、周囲の人の怨嫉により無実の罪を疑われて苦しんでいます。苦しい局面に直面したり、苦しい状況にあるからといって、主君に嘘を吹聴した同僚を憎んだり、それを真に受けた主君を恨んだり、また愚痴をこぼすことは、かえって自らの恥を残すことになります。あの人は愚痴っぽい人だ。と人から言われるようになるということは、自分自身を余計に苦しめることに繋がるからです。そればかりか、弱い心を助長してしまうことで、せっかく積み上げてきた心の財はみるみる減ってしまうと言えるでしょう。
人間は、自分を人に良く見せようとするものです。そのために苦しい状況に置かれる人もいるでしょう。しかし、はたらかさずつくろわずもとの儘(働かさず、繕わず、もとのまま。御義口伝 下)、自分らしくいることが重要です。気取ったり、威張ったりしないでありのままの姿で、人間らしくいることです。
社会で良識ある振る舞いを貫き、職場や地域などの身近な人から信頼されるような人になることが重要です。そのためには約束はしっかりと守る、相談には素早く応じるなど、小さなことの積み重ねが大切になってきます。その中で確かな信頼は築かれていくのです。
