アルチザン、プロフェッショナル、メイカー、プレイヤー。
こうした呼び名に相応しい技術を手に入れることは並大抵ではない。たとえば料理人やテーラーといった道の修行は、途方もないほどの下積みがあることはよく知られているが、門戸を叩いた人たちが何年もの時間をかけ、寸暇を惜しんで技を磨き洗練させてはじめて手に入れることのできる称号だ。
そうした超一流の職人が切磋琢磨して努力と情熱をかけて取り組んだ末に、特に際立った才能や技術、センスや感性を発揮できてはじめて周りから区別される。そしてその人は、ひとりの職人ではなく、アーティストとして扱われるようになるのだ。
ヨーロッパにおいては長い文化の歴史の中で、アーティストという考え方が根付いている。
なぜ歴史的にも古くから数多の画家や作家はフランスのパリに集まるのか。なぜフランスパリはしばしば憧れの対象とみなされるのか。なぜビックメゾンやグランドメゾンと呼ばれる企業はフランスパリの地でしのぎを削るのか。
それはパリがヨーロッパにおいて文化の、モノづくりの中心地だからだ。自らの腕に自信がある職人たちが世界中からこぞって集い、全身全霊をかけて日々真剣勝負を行なっている特別な場所だからだ。
その意味でフランス、とりわけパリは重要視されるし、それを支えるアーティストもまた特別視されている。
こうした姿は、大量生産・大量消費社会の日本にとって学ぶべき点が非常に多いと考える。
たとえば歌手に対して単にアーティストという呼び名を使うことがあるが、本来の意味の上ではシンガーやミュージシャンとするべきでアーティストは使い分けるべきだといえる。こうした小さな意識から変革を始めていきたい。
