生老病死は、誰しもが経験する人生の難問だ。なかでも病は最も身近であり、罹患したその瞬間から日常生活のほとんどが否応なく奪われる残酷な問題だといえる。
そんな課題を真正面から受け止めて、闘った人がいる。今回紹介する本の著者もその一人だが、実はあなた自身やあなたの親しい人が体験している物語であるかもしれない。
病は日常を奪う。それを当事者として体験する前に本書と出会えれば、それはきっと幸運なことだろう。
私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。 「まだ 34 歳の若さで、可哀想に」 「小さな子供を残して、可哀想に」でしょうか?? 私は、そんなふうには思われたくありません。 なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。 私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、 愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、 色どり豊かな人生だからです。 だから、与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました。 なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。 だって、人生は一度きりだから。
昨日生きていた。 今日も生きている。 だから明日も明後日も一年後も、そしておそらく十年二十年先も当然のように生きている。 こんな帰納法が成り立つのなら生は永久不滅である。そんなわけがない。愚かな、甘い甘い考えで、人は毎日を生きているのである。馬鹿馬鹿しい。あなたが明日死なないことを、どこのどいつが保証してくれると言うのだ? 生は 脆い。直立不動だった一輪の花は、いとも簡単に根元から折れて朽ち果てていく。
生きる意味なんてない、とにかく自分に与えられた時間、境遇を一生懸命生きる
無数の選択肢から生まれた、運命のような奇跡のような、「人生」という名の一本道。神のみぞ知るその偶然と必然のあらゆる因果に、今、心からの感謝をせねばならない。生きる、ということの本質は、この与えられた「運命」を 嚙 み締め、今ここにいるという「奇跡」に歓喜することなのだから。
平常心。人前ではあまり泣かない。もう泣けなくなったのかもしれない。感情を大っぴらに表現するのは難しいことだ。昔は馬鹿みたいに笑って馬鹿みたいに泣いていた。今振り返れば、あの頃の方がむしろ賢明だったのかもしれない。 耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでここにいる。それでも我慢強く溜め込んだ 堰堤 はいずれ基礎から決壊するのだ。大きく音を立てて崩れ去る。貯水が尽き果てて枯れてしまう方が、幾分マシだ。
生きたいように生きる。それが叶う時代、叶う国に生きている。そのことを嚙みしめなければならない。
「飯さえの、死ぬまで食えたら、そらもう 御の字 じゃわ」 米など手に入らなかった時代。少ない配給。栄養失調。ヤミ市。友を失い、家族を失い、家を失い。そんな時代を生き抜いたであろう彼の口から出た言葉である。 そうして戦後、相模原の戦車が種子島のロケットに変遷してゆく時代を生き抜いた人の言葉である。今、目の前に食があり、ここに豊かに生きているということ、まずその境遇に感謝せねばならない。 「ワシの役目は終わったけんの、あんたらが日本の未来を作らんと」 彼には〝日本男児たれ、若きサムライたれ〟と教えられたような気がした。 だから僕は、この白米一粒一粒に戦場の恵みを感じて、涙せざるを得なかった。時代は違えど、それはもう、身体中に沁み渡る戦場の食だった。 格別の、人生の味がした。
僕は、ある生き方をしようと思った。一年後の今日は、もうこの世にはいない。そんな生き方を。 ネガティブに感じられるかもしれない。しかしそれは実際のところ、非常にポジティブな考え方なのだ。諦念ではなく、むしろ決意と信念である。どんな日も、もう返ってはこない。当たり前のことだが、この点をなおざりにして「生」を享受することはできないだろう。これが最後、そう考えると一日一日がとても貴重なものになる。どのみち、この病院を去るときにはまた新しい生き方が始まるのだ。この拍動が続いていても、そうでなくとも。いずれにせよ、明日は最後の一月一日。希望の光に満ち溢れた一月一日。
どんな逆境も、心の持ち方一つで状況を変えるきっかけになる。きっとこれも、悲劇そのものではないのだ。谷だらけの人生も、山がなければ始まらない。
A判定だろうがE判定だろうが個人に帰すればゼロかイチかでしかない。僕はA判定でも笑わないしE判定でも屈しない、そういう生き方をしたい。
悩んで何になる。根拠がなくても信じていいだろう。世の中には理屈で説明できないことの方が多いから。そうじゃなきゃ面白くない。
人生はもがいてはいけないと思う。 流れに吞まれたとき、もがくと体力を消耗して溺れてしまうのは誰しもが知っているはずだ。海で溺れたときは服を脱いで 仰向けになるのがいいですよ、なんてニュースでよくやっている。人生に溺れそうになったら、 纏わりつくものを取っ払って空でも眺めていればいい、そうすれば何とでもなるのだろう。
人生はもがいてはいけない。 惰性ではないけれど、流れに身を任せて。エネルギーがあるなら逆行せず順行で泳げばいい。潮の流れは追い風に変わる。息を継ぐたびに空を見て、そしてたまには仰向けになる。仰向けになっても流れがあるから実は進んでいる。 未来のために生きるのではなく、 今を生きる。 結局それがいちばんの近道だったりする。「必死に生きる」なんて言葉、〝死〟と〝生〟の文字が同列していて気持ち悪い。地道に生きればいい。
散ればこそ、めでたけれ。
雨に打たれ風に吹かれて散らない桜は、あるいは人々に忘れられることなく常に咲き続ける桜は、もはや美しくないのかもしれない。桜の咲き誇るほんの刹那の栄華と、儚く散りゆく姿。それらは、人の一生にもまた似ている。雨にも負けて、風にも負けて、そうして一瞬のうちに散りゆくから生命は美しい。常緑樹よりも桜や紅葉が美しいのは、散るという行為あってのものである気がする。死こそが生命を生命たらせ、そうして平等にする。
がむしゃらにがんばってきてふと後ろをふり返ったとしても、やりとげた瞬間からそれは過去になるんだから、ずいぶん後から自分の実績をながめ直してにやにやしても、まあ、そんなでしょ、べつにたいして幸せじゃないでしょ。逆にちょっとむなしいくらい。 だから手に入れたその瞬間に、手ばなしに、強烈に喜ばなくちゃ意味がない。
足らざるを知れって言いたいの。足りますか、足りません。でもいいんじゃないですか、とりあえず足元を見てください、あなたは満足しないかもしれないけれど、けっこう良いものが転がっていますよ。
成功者の言葉しか世の中には残らないから『やればできる』が格言になる。 夢は叶わないかもしれない。 叶える為の努力は無駄に終わるかもしれない。 でも何かに向かっていたその日々を、君は確かに輝いて生きていたのではないか。 それが報酬だと思わないか。
逃げるコトが必要なのだと思う。大丈夫いくら逃げても、どうせ自分からは逃げ切れない。逆に逃げてみたからこそ、一体自分が何に縛られていたかに気付くコトがあると思うのだ。
ニーチェによれば、事実なんてものは存在しない。存在するのは解釈のみだ、という。 そう、記憶というのは 曖昧 で、僕達は過去に対して解釈を加えたものを「記憶」と呼んでいる。

